メンタル本

自分らしさはTwitterの様な無法地帯をみれば自然とみつかる

 

 

自分らしさを出そう!自己啓発本やネットニュースでよく聞き言葉だ。

 

自分らしさを出せば人生は楽になるとか、日本人は自分らしさが足りないと言う事を私はよく耳にする。

 

しかし、私は自分らしさというのが全く分からない。私は仕事中も常に他人を気にして、周りに嫌われないように生きてきた人間だ。

 

実際他人の目を気にしても生きていくには問題ない。しかもこれは小学生の頃からやっている事なので、22歳になった今でも完全に残っている習慣だ。

 

そこで自分らしさとはなにか?について考えた結果こんな本に出合った「「嫌われたくない」をどうするか?」と言うタイトルの本だ。

 

今回はこの本に書いてあることを引用しながら自分らしさとはなにか?を語っていこう。

 

 

人といるときにものすごく疲れるワケ

 

 

慣れていない人と話しているととても疲れることはないだろうか?ちなみに私は親友や家族と話している時は全く問題ないが、上司など目上の人と喋っていると非常に疲れる事が多い。

 

人は多かれ少なかれ、自分が言った言葉や言動で周囲の反応をチェックする「セルフ・モニタリング」という感情を持っているとこの本に書いてある。

 

たとえばTwitterなどで発言をして「この一言は反応が沢山くるだろう」と思うのもセルフ・モニタリングに繋がっている。

 

人といると疲れる原因として、このセルフ・モニタリングが強すぎると周囲に気を配りすぎて話しただけで疲れてしまう原因になる。

 

芸能人などの注目されやすい人は、このセルフ・モニタリングが低い事がよく分かる。普通の人なら一度Twitterで炎上したらそのアカウントを消すことが多いが、芸能人はそんなもの全く関係なし、むしろ炎上を楽しむ芸能人のいるくらいだ。

 

それどころか反論してくる人に喧嘩を仕掛けてくる人まで出るのが芸能人の凄い所だ。

 

ちなみに、最近の若者がコミュニケーション能力が低い原因もこのセルフ・モニタリングが強すぎるのが原因と本に書いてある。

 

私たちが大学生・専門学生約300名を対象に昨年(2015年)実地した意識調査でも「周囲の人が自分のことをどう思っているか気になる」かどうかという質問に対して「気にならない」という者が19.1%であるのに対して、「気になる」という者は65.6%であり圧倒的多数が「周囲の人が自分のことをどう思っているか気になる」と答えています。

 

2015年と少し古い調査だが、これは今でも変わらない。もしくはもっと増えている事があるだろう。

 

驚いたのがなんと60%以上、半分以上が周囲の事を気にして行動してるのがデータで分かる。

 

これだけの人が自分らしさを出さずに、周りに合わせて行動している。だからコミュニケーション能力が落ちると思われてしまうのだろう。

 

ちなみに私も世間の意見をとにかく気にしている。この記事を書いている時も「批判がきたらどうしよう」と常に冷や汗をして書いている。

 

 

恥ずかしいという感情

 

人の目を気にする原因として、恥ずかしいという感情がある。

 

失敗したら恥ずかしい

カッコ悪いのが恥ずかしい

 

などとにかく行動してミスが起こるのが苦手で、もしミスをしたらこの世の終わりの様にメンタルがズタズタになる人も実はいる。というかそれが私である。

 

そして恥ずかしいと思ってしまうと、一気に自分らしさが失われてしまうのも事実だ。なぜなら失敗したくないと思うので常に無難な道を選ぶ。たとえば成功率が60%の道と40%の道があったら迷わずに60%の道を選ぶのが私たちの方法だ。

 

だがこの本では恥ずかしいと思う事にこんな事が書いてあった

 

私たち日本人は、子供の頃から、「他人様に笑われるようなことをしてはならない」「みっともないことをしないように」といってしつけられます。そのため恥ずかしいことはできないという思いによって、道徳的な行動がとられるようになっていくといってよいでしょう。

 

 

この本によると日本の教育の仕方に問題があると言っている。

 

確かにそれは私も同感だ。日本の教育は「個性を重視する」と言っておきながらいざ個性を出そうとすると、大人によってそれは封じされてしまう。

 

周りに合わせろ

集団行動を大事に

 

などとにかく周りに合わせる事の方が重要なのが、日本の教育の本音だ。今思えば組体操もそうだ。

 

組体操は小学5年生くらいからやるが、あれこそ集団行動の究極の形と言えるのではないか?

 

集団で綺麗な形を作り、集団でピラミッドを作り、2人でサボテンを作る。運動会にすら日本の集団行動の闇が実は隠れていたとはこの歳になってようやく気が付いた。

 

そう考えると日本の子供たちはかなり理不尽ともいえる。世間ではコミュニケーションが大事と言っているが、日本の教育では集団で馴染んで、個性を出さない良い子が学校の成績は上がる。

 

個性を爆発させた子は、先生や親に叱られ集団で大人しくした方が良いと学んでしまう。これ程理不尽な事は中々ないであろう。

 

 

日本人が頑張る理由

 

 

日本人は常に他人の為に尽くすというのが私のイメージだ。

 

他人を助けろ

困った人がいたら助ける

 

この言葉自体はもちろん素晴らしいと感じるが、それだともちろんだが自分らしさはなくなってしまう。

 

「他人の為に動くのが俺の自分らしさだ」と思う人がいるが、それは本当に心の底から他人を助ける事が好きなジャンプの主人公みたいな存在だけだ。ほとんどの人はそこまで他人を助ける事が好きではないだろう。

 

この本ではこんな興味深いことが書いてあったので、ちょっと引用してみる

 

スポーツ選手が活躍したときのインタビューなどでも「監督を男にするために絶対に優勝しようと思ってやりました」「いつも支えてくれているコーチやファンのみなさんのためにも、なんとしても勝ちたいと思いました。ホッとしました」

 

と特別な才能を持っているスポーツ選手ですら、このように他人ために頑張っているのが本を読むとよく分かる。

 

しかも日本人はこういった他人を助ける事が良い事と教えられたので、こういったインタビューを答えると、「○○選手が優勝した時の裏に隠された感動秘話」という見出しでテレビの特集が組まれる事が多い。

 

もちろん、これは悪い事ではないスポーツ選手が金メダルをとることも、大会で優勝する事も良い事だし、感動秘話を特集するのも何も問題ではない。

 

だが、これが日本人が自分らしさを出せない理由だとしたら、何とも悲しい事だ。

 

スポーツ選手はもっと人間らしい所を出しても良いと私は思う、たとえば「あなたは何の為に野球を頑張っていますか?」と聞かれて「金のためです」と答える選手がいたら私は逆に応援したくなる。

 

もちろんそんな選手がいたら、ネットで叩かれる事は間違いないだろう。だけどスポーツ選手の中にも金のために頑張っていると言う人は数十人は確実にいるに違いない。

 

 

ネットでよく叩かれている人が実は日本人の目指すべき姿

 

またTwitterの話に戻るのが、よく余計な発言をして炎上する人がいる。

 

芸能人の○○が嫌い

あのニュースの意見はこうだ

 

と気に入らない発言をした人を叩くのは自分らしさが出ている証拠だ。

 

自分がこう思っているから、こんな発言をした。これが自分らしさの基本の型だと私は思う。

 

最初の方に言ったか分からないが、自分らしさを出すと叩かれるのが日本の特徴だ。特に教育の現場だと集団行動をする事を徹底してやらされる。

 

 

だがネットをみてみると集団行動の欠片もないほど荒れているのがよく分かる。

 

だからTwitterの様な無法地帯が本来日本人の本当の姿で、本来目指すべき姿だと私は言える。

 

「嫌われたくない」をどうするか?

「嫌われたくない」をどうするか?

  • 作者:榎本博明
  • 出版社:三五館
  • 発売日: 2016-06-23